袴田事件再審請求即時抗告審の最終局面にあたっての声明

検察官は、引き返す勇気を

 

2018年5月19日

キッチンガーデン 袴田巖さん支援クラブ

 

袴田事件の第二次再審請求審の即時抗告審は、もうすぐ決定が出されます。

 

いわゆる郵便不正事件等において発覚した検察不祥事を受けて、検察の在り方検討会議が「検察の再生に向けて」という提言を出しました。その提言は、検察官が「公益の代表者」として、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障を役割とすることを謳い、有罪判決の獲得のみを目的とすることなく、公平な裁判の実現に努めるべきことを主張しています。また、通常公判では有罪の獲得に拘泥することなく「引き返す勇気」の必要性を強調しています。この論理と倫理は、再審請求審においても当然のことです。

 

この提言の趣旨に沿ったものなのでしょうか、検察官は即時抗告審において600点ほどの新証拠を公開しました。遅すぎたという重大な難点はあるものの、その潔い姿勢は注目に値するものです。何故ならば、それらの証拠は袴田さんの無罪を証明するものばかりだからです。

検察官は、公開の前に証拠の全てを点検していることと思います。そこで、こんな証拠を出せば有罪がひっくり返されてしまうと直感したはずです。にもかかわらず、自らに不利になる証拠を敢えて公開したのです。これまでの強引な訴訟姿勢からすると、隠し続けることに躊躇はなかったと思われるのですが、にもかかわらず敗訴を予期しながら公開に踏み切ったと思わざるをえません。このことは、公判担当検事から検事総長に至るまでの共通認識と合意がなければできないことです。東京高裁第8刑事部の裁判官も、その点は見抜いていることと思います。はっきり言うと、新たに証拠を公開した時点で、検察は敗訴を覚悟していたのではないでしょうか。

 

2014年3月27日の静岡地裁による再審開始決定は、大きな波紋を呼び起こしました。袴田事件担当の最高検元検事、竹村輝雄氏がショックを語っています。(2014年4月3日放送のNHK番組『クローズアップ現代』、番組タイトル「うもれた証拠 ~“袴田事件”当事者たちの告白~」)

「それは重いですね。本当に眠れなかった、わたし、この決定を読んでね。検察官としてこれは十分に教訓として反省すべきところです。」

「よく証拠を見ることでしょうね。一方の立場からではなく、公平な立場からみることですよ、証拠を。」

地裁の決定にショックを受けたとしても、自らの非を認めることには、たいへんな勇気が必要だったと思います。謙虚な気持ちと正義感がなければできなかったでしょう。進んで非を認め反省を隠さないこの先輩検察官を、後輩の皆さんは心の底で見習っていることと思います。

 

他にも、振り返ってみるべき事例があります。例えば、足利事件と東電OL事件で裁判の最後を飾った当時の東京高検の態度です

1990年に起きた足利事件の確定判決は無期懲役でした。2009年4月、犯人とされ服役していたS氏のDNA型と被害者の着衣に付着していた体液のそれとが一致しないという結論が出されました。2009年6月、鑑定結果を受けて、東京高等検察庁が「新鑑定結果は再審開始の要件である『無罪を言い渡すべき明らかな証拠』たり得る」とする意見書を提出(事実上の再審開始決定)。併せて「有罪判決を導いた証拠が誤りであった以上、刑の執行を継続すべきではない」として服役中のS氏を釈放したのです。それから2010年2月12日、再審第6回公判で、検察官は「取り調べられた証拠により、無罪を言い渡すべきことは明らか」とし、論告で無罪を求めました。論告に際して、「17年余りの長期間にわたり服役を余儀なくさせて、取り返しのつかない事態を招いたことに検察官として誠に申し訳なく思っています」と謝罪したのです。

 

また、1997年に発生した東電OL事件は、一審無罪でしたが、二審東京高裁で逆転して有罪(無期懲役)。2003年最高裁で有罪が確定、収監されました。2005年に再審請求。2011年に新たなDNA型鑑定で型の不一致が証明され、2012年東京高裁は再審開始と刑の執行停止を決定しました。東京高検は最高裁への特別抗告を断念。2012年10月24日の再審公判初日、検察は「被告以外が犯人である可能性を否定できない」として無罪を主張、結審となったのでした。

 

袴田事件を担当する検察官はこのような検察の歴史の輝かしい部分を十分に理解されていることと思います。弁護人だけが被告の人権を守ることに尽力するわけではありません。元来、裁判官も検察官も、人間の尊厳と自由の砦であることに差はないのです。

また、法の執行者として考慮して頂きたいことがあります。法の執行とは、法の条文と現実とを対比して事実が条文に違反しているかどうかを判断し、その処罰を請求するという表面的、結果的な行為では済まされません。その法(制度)には、立法の目的と理想がたぎっているのです。法の執行とは、その原点に立脚してその意思を実現するために、法律の条文を活用すること以外の何物でもないと思います。再審制度の目的は、無辜の救済(無実は無罪に)です。誤判(誤った判決)の被害者を救助することです。その方法は、証拠が無罪を指し示すならば当然無罪、検察の立証に疑問の余地があるだけでも無罪としなければならないということなのです。

 

検察はこの時点で、引き返していただきたい。再審公判に速やかに移行し、無罪を公に認めていただきたい。袴田事件の裁判が、検察官の華麗なる勇気、潔く真実に忠実な態度への拍手をもって終了となることを願ってやみません。